宝物は、ここに






スカーレルが海賊船に迎えられて一年。
かれらは、帝国のとある港町にいた。
補給と、先の嵐で一部破損した船の修理のために、彼らはここ三日ほど、この街に停留していた。








数日前、午後の海の上から、その町を見たとき。

久しぶりの陸だと、船員たちは喜んでいた。
なにしろ船が壊れたせいで、予定より五日も港に寄るのが遅くなったのだ。
陽気な――いや、彼らは常態として陽気だ――声を聞きながら、スカーレルは思う。
あの港を知っている。街の作りも知っている。
過去を、沈黙をもって伏せても、それから逃げ切ることなどできない。
あの街には、無色の派閥の武器やサモナイト石の経由する店と、人がいる。
今もあるかどうかは知らないが…ほんの、二年と少し前の話だ。




「ねえスカーレル!港ついたらどうするの?」

船の手摺から、近づく街を眺めていたスカーレルに、低い位置から少女が話し掛ける。ソノラだ。
「やっぱり、みんなとお酒のみに行っちゃうの?」
青灰色の大きな目が、下からスカーレルを見上げる。
「うん、そうねえ」

そろそろ停泊の用意の声がかかるだろう。港に入る。

「えー!そうなの?……あのね、スカーレル、」
何か言いかけたソノラの声は、

「みんなー!ぼちぼち泊まる準備頼むわ!」

船長の大声に途切れた。
スカーレルは手摺から離れる。
「ごめん、あとでいい?」
「……うん」




けれど、そのささいな約束は、浮かれる船員たちにあっさりと流される。
日の高いうちから酒場に直行する彼らに、スカーレルも連れて行かれたのだ。







今回の停泊予定は一週間。

陽気な輪をそっと抜け出し、スカーレルは情報収集を開始した。
ある程度の大きさの街につきものの、闇の感触の組織はないか。
そこに、派閥とのつながりはないか。
夜は酒場で街の男たちの、世間話と噂話から。深夜は街の女たちの、睦言と噂話から。
とりたてて大きなものではないが、歓楽街を仕切る組織があるらしい。
派閥関連はなにも見つからなかった。

諜報は特技ではないけれど、怪しまれない程度、というものくらいは知っている。
あの店にも行ってみた。いまは衣類店だった。見知らぬ顔の女がいた。
人の群れの中に埋もれていれば、たとえ自分を見たことのある者がいようとも、おいそれとは判らない。

推定安全。だが警戒は解かない。

スカーレルはそう結論した。
それが、停泊二日目の夜。
女に晩飯をおごって貰いながらのことだ。







そして三日目、夜。

朝に眠り、昼に船の修理をし、夜に酒場に行って、スカーレルは初めてこの街で宿を取った。
船長やカイル、ソノラも同じ宿のはず、だった。




「ソノラが?」
スカーレルは、宿の食堂で船長と向き合っていた。
「ああ。夕方か、夜になってからだな。姿が見えん」
むっつりと彼は言った。
「カイル達が探しに行っている。迷子だとは思う」

慣れない町で迷っただけ。そういいながらもその眉間から皺はとれない。
なにしろソノラだ。
イイトコロの娘などではない。迷ったなら、そこらの店の店員に道を尋ねるくらいはするはず。
こんな夜になっても自分が戻らなければ、みなを心配させるとわからない筈がない。
そんな馬鹿な子では、けしてない。

「アタシも行くわ。…船長、連絡係、よろしくね?」
「ああ」


スカーレルは宿を出る。
連絡できた船員たちがすでにあちこちに散っているだろう。
スカーレルは、どこへ行こうか一瞬考える。
夜、少女がひとり、(いや、そうとも限らない)外を歩いていて危険なのは、歓楽街だ。
だがまさか、酒場や売春宿に用等あるはずもない。

だが。



スカーレルは早足に、ついさっき来た道を戻る。
酒場を抜け、路地に耳を澄まし、人のあいだをすり抜ける。
裏路地をゆく。
そこここに街娼。なかにはソノラよりふたつみっつ年上なだけの少女もいた。
ぐるりと、それでもそう思われないように、辺りを見渡し。
ひとりの女と目があった。
20代半ばと思われる彼女は、スカーレルを見て、はっと目を開いた。

あの女。

スカーレルは、その女に近づく。
逃げられないよう、視線ははずさない。
すでに早足だった。
周囲には、春を買おうとするようにしか見えなかったろうが。

女は意外にも、スカーレルが近づくとほっとした様子を見せた。
「アナタ、ひょっとして、金髪の女の子の知り合いじゃない?」
直球だった。

「なんでそれを」
思わず詰問調になる。
「……身内なの」
女が軽く警戒を表す。

問いには答えず、
「その子、年はどのくらいだった?」
問いを発する。
「11、2歳ってとこよ。ねえ、身内じゃないの」
「知り合いの娘かも知れない。夜からいなくなった」
女言葉は振り捨てる。

「探してるんだ」
真剣な口調に、女は言う。
「本当!?なら急いで!」
そして声を低めて。
「金髪のコ、ここらを仕切ってるゴロツキに、連れてかれたの。
たぶん、あっちの通りでてすぐの、溜まり場になってる店だと思うわ」
「その店は」
「地下の店よ。小さい紅い看板だけ。……案内はできないわ」
ここで生きているのなら、組織に反するようなまねなど、彼女にできるはずもない。
「ああ、ありがとう」

短く言ってきびすを返したスカーレルの背に、おとといきやがれ!の罵声がとどく。
ありがとう、ともう一度胸の中で言って、スカーレルはついに走り出した。










その店はすぐに見つかった。石畳に置かれた小さい赤い看板。
店の名前と、地下へ続く階段への矢印だけの。

大人二人も並べないような、細い石の階段を下りる。
木製の扉は閉ざされていて、顔の辺りに覗き窓がある。
中には、数人いるようだ。話し声がかすかに聞こえる。
だか多くても五人、六人の気配。
最悪やりあう羽目になったとしたら、不利だ。
いや、考えるより、ソノラが本当にここにいるかどうかもわからない。まず確認だ。


スカーレルは連続でドアをノックした。
数秒で、軽い音をたてて覗き窓があいた。
20代らしい男の、目の辺りだけがそこから窺えた。

「こんばんわ」

スカーレルはにっこりと笑って見せた。
「……」
「挨拶に来たの。ここらでやってきたいのよ。…………ひょっとしてアタシ、間違ったかしら?」
おかしいわねえ、ここだって聞いたのに… などと呟いて、立ち去るそぶりをする。

すると。


ぎい。


重くきしんだ音で、扉が開かれた。
「はいんな」
男がいた。上背がある。鍛えてある体を示すように、派手な柄のシャツは肌蹴られている。荒んだ気配。

うん、ビンゴ。まさしくゴロツキ。

スカーレルはどおも、と言いつつ室内にすべりこんだ。
背後で男が扉を閉める。鍵は掛けられはしなかった。




店内はそれほど広くない。すべての椅子が埋まっても、15人いたら狭苦しいだろう。
その店内、右側にカウンターがあり、そこにも男がひとり。
一応の店長か。
そして奥のソファに、

いた。


ソノラ。


無事だった…見る限りでは、怪我もしていないし服も乱れてない。
…良かった。

そのソノラの両脇に男がひとりずつ。
つまり、万が一の時の標的は、四人、ということ。


「スカー…」
ソノラがかすかに呟いた。
そしてなにか叫ぼうとした間に、

「あら!?『リザ』、……なにやってるのよもう?」

ソノラは口をつぐむ。
賢い子。そう、沈黙は金。

「知り合いか。…おまえ、名は」
ソノラの右となりの男が言う。20代後半か。左の男も。
「アタシはスカール。そのコは妹よ?」
「似てねえな」
「父親が違うの」
ひょい、と肩をすくめて見せる。
「……スカール兄」
ソノラが呟いた。

「どうしたのよリザ。待ってなさいって言ったのに」

言いながら、彼らのいるソファまで行く。
「だって、スカール兄…」
ソノラは座ったまま、上目遣いにスカーレルを見る。
いい調子だ。

「ね、このコ、なんでこの店にいるか、聞いてもいい?」
男たちに聞いてみる。
「……俺たちの『一家』のことは知ってるな。縄張りで勝手に商売されちゃあ困る、つー話をしてただけさ」

なるほど。新しい花売り娘と思われたわけだ。

「ああん、この子は違うのよ。まだ『シルシ』だってないのよ。商売したかったのはアタシ」
スカーレルはソファを示して、座る許可を貰う。
座りつつ話す。
「えっと。『跳ねる羊の店』ってとこで、この辺のこと聞いたの。若い、黒髪の人よ。あーゆう柄シャツの」

『跳ねる羊の店』は、着いた初日に情報収集に行った店だ。
普通の酒場だが、客層は荒い。黒髪の男は、自分の組織について、仲間らしい男とグチをまいていた。
スカーレルは彼らから後ろにあたる席にいた。

「ふん…」
男二人は視線を交わす。

後ろから、明らかに暴力担当の男が威圧を掛けてくる。
気づかない振り。


「男娼か」
「ええ」
「見ねえ顔だな」
「最近だもの、ここに来たの」
「どっから」
「となりのベングラードから。ちょっと取締りがね」
それも仕入れた情報だ。

「はん」
適当な相槌。
「ねえ、それで場所は貰えるの?」
生活掛かってるのよ。と顔に書いておく。
男たちはまた視線をかわす。

うざいな、とスカーレルは思う。はやくここから、ソノラを出してやりたいのに。

ソノラはじっと会話を聞き、スカーレルを見、そろりと男たちの様子を見やる。
「まず始めに、支度金でこれだけ」
男が指を三本みせた。
「……まからない、わよねえ?」
スカーレルの声は無視される。
「商売のあがりから五割。一律だ。稼ぎたいなら働くんだな?」
スカーレルは嫌味に聞こえないため息をつく。
「了解。……ね、でも今、そんなに持ってないのよ。ちょっと待っててくれれば、なんとかなるんだけど。明日じゃ駄目かしら」
これでソノラを連れ出せれば成功、なのだが。


ソノラの左隣の男。
いやな目をしている。


「明日、か」
その男が呟き、また二人が視線を交わす。
「まけてやらなくもないが、……」
右の男が言い、左の男が座る位置をずらし、手を伸ばす。スカーレルに。

そうきたか。
スカーレルは思った。
男の手が肩にある。
こいつら、身を売る女をこうして。


「年は。20は越えてるだろう」
肩に触れつつ男が言う。
もうひとりは、物好きだという態度を隠さない。
「21よ」
サバを読んでみた。
男娼は、体の出来上がる17か18で終わるものが多い。

「ふうん」
手が首に来た。品定めか。
ソノラは……固まっている。
それはそうだ、これはどう見たって異様だ。

見せたくない、スカーレルは思った。

ソノラは、海とか空とか、みんなの笑顔とか、大きな海老とかを見ていればいい。
美しかったり厳しかったり、優しかったり美味しかったりするものを、見ていればいいのに。
汚いものなんて、避けようとしたって、いつも唐突に振ってくる。
ならば見ないにこしたことはない。



「え〜、待ってよ。まけるって…どれくらい?」
首にある男の手に自分の手を絡ませて、媚びる様に笑う。
「あんた次第だな」
はっきりと言わないところがミソだ。
ヤられて、しかも金を巻き上げられるのは避けたい。

それよりも。


「おいおい、おまえここで始める気か?」
右の男が言う。
「そーよお。あ、このコ、帰しといてもいいかしら」

気が急いてしまう。ソノラを、とにかくここから出さなければ。
ここから出すことが出来れば、繁華街の明るい通りを選んで、自力で帰れるはず。
幸い、宿まで子どもの足でも10分かそこらだ。

スカーレルの問いに、男たちは目をかわして、さらにスカーレルの背後、カウンターの方を見た。
この四人の中では、店長らしい男――どっちみち堅気ではない――が、トップらしい。

「立ちな」
右の男が言う。同時にソノラの腕をとって、立ち上がらせ、そのまま腕を掴んで出口へ向かう。
腰を浮かそうとしたスカーレルを、残る男が制した。
「なあに?」
苛立ちを隠して、なにもわからない振り。
「妹はちゃんと店からだすさ」
「んー」

さてどうしよう。

「スカール兄!」
ソノラが呼ぶ。
顔だけ振り返って、笑いかける。
「ひとりで帰れるでしょう?リザ。まっすぐ帰りなさい」

大丈夫。大丈夫だから。
そんな泣きそうな顔をしないで。
どんなに不安でも、今はひとりで帰りなさい。


「……うん」
男に手を引かれ、ソノラは扉の向こうに消える。
ソノラを、また他の、溜まり場だのなんだのに連れて行く様子はない。
男はこの奥のソファには戻らず、カウンター席に着いた。
ヤロウの致す声なんて、普通聞きたくもないものだ。



さあ、これで一対四。
守るものがない分、楽になった。
だからと言って、やりあうのもまずい。
あの娼婦が危なくなる。

そういえば、彼女はなぜ、自分とソノラを関連付けられたのだろう。
さっきとは別に、確かにあの通りは前にも通ったし、そのときもいたが……。
ソノラは、その時どこにいたんだろう?何のために?





男の手が、襟元から入って直に肩に触れた。
「ねえ?ここでしちゃう気?」
「宿とれってか?」
「ってゆうか。色々ねえ、女にはない下準備ってものが」
時間を稼いで逃げを打つ。どうだ?

「ああ、アレか、女用のがある」

だめか。
それにしても、男も女も見境なしか。
男は一度身を離して、アレ取ってくれよ、という。
暫くして、背後で何かを投げた様子。そして男の手には小さな瓶が収まる。

男は瓶をテーブルに置く。
その手はスカーレルのシャツのボタンに掛かる。
まあここでやられとけば、後は問題も何も無い。
支度金とやらを払うのは勘弁だが。




シャツの前は全部開いた。
……まいった。























20031005

また無駄に長くつまんない話を…(汗)

スカーレルが先代に拾われて一年目、私設定でスカーレル23歳、ソノラ11歳。
当初の予定では、こんなんじゃなくバトルだったのに。
予定は未定。よく言ったもんだね〜(自分でゆうな)
後編は来週中に。……できれば。あくまで希望。 



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