後悔した?そんなはずないでしょ






アナタも ね。




ヤードの手から離れてしまった剣を追って、カイルたち海賊の一行は、その港町にいた。
陸に上がった船員たちは、三々五々解散となり、ある者は酒場へ、ある者は女を買いに出かけた。

ヤードは、カイルやソノラと同じ宿屋で過ごした。
やはり、揺れない床というのは落ち着く。
ヤードは宿屋三階の、ひとり部屋を借り、真夜中前には就寝した。

そして。


ヤードは、不意に覚醒した。
消したはずの明りが灯っている。とはいえ、目覚めさせるほどの強さはない、小さな灯り。




「お邪魔してるわ」

聞きなれた声がした。
顔だけを向ければ、……スカーレルがいる。

テーブルの上に一本だけ灯った燭台。
二脚だけの椅子の片方に座った彼の、白い面をオレンジと闇が染めていた。

ヤードは上半身だけをベッドから起こす。
スカーレルの笑み。
左しか見えない目に、光が揺らいでいた。

「…………何処から入りました?」

ドアにも窓にも鍵はかけた筈だ。

「ふふ」

スカーレルは何がおかしかったのか、小さく笑った。

「そっち」

頤で、カーテンに閉ざされた窓を示した。



だからそこからどうやって。
ヤードは思いながらもベッドを降りた。

「どうしました」

残る一脚の椅子に腰をおろしつつ訊く。

「ヤダぁ、アタシの口からそんなこと……」
「……」
「…冗談よ」
「わかってます」
「……」
「……で。スカーレル。こんな夜中に、おしゃべりに来たんですか」
「そんなんじゃないわ。アナタの寝顔を見に来たのよ」
「スカーレル」
「ふふふ」

スカーレルは小さく低く笑った。
そしてそっと立ち上がり、

「アタシも部屋に帰るわ。起こしてごめんね、ヤード」

「スカー…」

立ち上がって背を向けた彼の、その手。
見慣れない手袋をしていた。黒い。
その手をとっさに掴むと、……濡れた感触がした。

スカーレルが振り返る。

そこに表情はなく。
なぜかその無感動な様子に、胸を突かれた。


捕まえた手を引き寄せて、蝋燭の光の届く範囲に持ってきて、手袋を外す。
スカーレルは抗わない。
左手の甲は、黒く見える液体にまみれていた。

「ケガをしたなら、最初に言いなさい」

そのために来たのではないのか。
睨みあげると、彼はひょいと肩をすくめて、
「アタシもまだまだねえ」
などと言いつつ、またもとの椅子に戻った。



水差しの水と、タオルで血をぬぐう。
左手の甲に刺し傷。血は未だ止まらない。さてはと思って手の平をみれば、同じ場所に同じ大きさの傷。

ヤードは眉をひそめる。

細いなにかが、甲から手の平に貫通した傷だ。
酷く痛むだろうに。

ヤードは無言のまま、ピコリットの石を用意して、召喚する。
小さく、温厚な気性の召喚獣だからこそ、室内でも呼べる。

薄れる傷を見つめながら、短く問う。

「これは何で」
「千本」
「は?」
「えーと、太い針に似た武器よ。投げたり袖に隠しておいて刺すの。元々はシルターンのシノビの使う、暗器ね」
「……」

そうでなく、どのような理由で傷ついたのかを聞いたのだが。

「ん、ありがとう。便利ねえ、それ」

スカーレルは自分の手を、ヤードから外し、具合を確かめる。
その飄々とした顔を見つめ、確信した。

この夜に、派閥の追手との、戦いがあったのだと。
きっと彼はひとり、夜を掻い潜って、その腕を揮ってきたのだろう。
見つめる視線の先で、スカーレルは表情を崩しもしない。
このことについて話す気はないのだ。

きっとこうやって来たのだろう、ここまでずっと。
ヤードの知り得ない、スカーレルの十数年。修羅の道。
暗い深淵の、そのそばを歩きながら、それでも今は、闇など見たこともないかのように笑って。



ついさっきまでこの手にあった、かれの左手。
白く細く、ヤードよりもすこしだけ小さい。それでも指先は硬く、刃を持つことに狎れた手。
かすかに痛む胸を、ヤードは知らない振りをする。

「叩き込まれてますから」

そう、かつて師と呼んだひとに。

「……そうね」

低く言ったスカーレルは、どこか遠い場所を見ていた。すでに決めた目をしていた。









あの時。

再会して、ヤードが、自分たちの故郷を滅した者の名を、告げたときとよく似た。
獣のような。
いや、猛獣よりも猛禽をヤードは連想した。
標的を定めた、鷹のような目だ。
餌を屠ろうとする肉食の鳥に残虐性などない。
いかに捕らえるか、いかに逃がさないか、冷徹に思考し実行するだけだ。

鷹は生き残るために。
彼は復讐のために。





ああ、告げなかったほうが良かっただろうか。彼に。
故郷の焼け落ちた理由を。……その、仇の名を。







「ほかにケガは?」
「左手いっこだけよ。あとは掠り傷」
「…そうですか」
「ありがと、ヤード」
スカーレルはするりと立ち上がった。
「おやすみ」
一片の笑みを残して、彼はドアから出て行った。




再びひとりになった部屋で、ヤードは呟いた。

「…おやすみなさい、スカーレル」









そして、彼の体温を思い出すことだけ、自分に許した。















20031001

スカーレルは両手ききだとなんか萌。
字を書くのは右、食事はどっちでもよくて、ナイフでも両手オッケー。片手剣直刃なら右手。
右利きよりの両手きき。
ここで説明すんのもアレですが(汗)スカーレルは手当てのために夜這かけたんじゃないんです。
ヤードが無事なのを確かめに来て、ちょっと顔みたいなあ、なんて思って灯りつけちゃっただけなんです。
…ちょっとだけ、気づいてほしかったんだよ!そーゆーことにしといて!(逃走) 



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